「Echoes」について
伝統と革新の融合 伝統と革新の融合を象徴する「Echoes」は、 熊本の「気品」、「プライド」、「奥ゆかしさ」を表現しています。 「気品」はプロポーションに。 「プライド」は構成に。 「 奥ゆかしさ」は素材に現れます。 地下1階と1階は鉄筋コンクリート造で構築され、力強さとモダンな美しさを兼ね備えています。一方、2階は構造を木造とすることで下階と対比した軽さと繊細さを表現しています。 外装にレンガを纏うことで温かみと歴史的な風合いを感じさせます。 「Echoes」は過去の遺産を尊重しつつ、未来への革新を表現する唯一無二の空間となっています。坪井川は熊本の財産と考え、来訪者により近くに川に触れていただきたく各階に共用部としてテラスを設けました。 様々な見え方のする坪井川の姿をお楽しみください。
建築家 朴 玄淳
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坪井川
最初に大規模な河川改修を行ったのは加藤清正である。かつては白川が大きく蛇行しており、現在の熊本市役所付近で坪井川と合流し、長六橋方面へ流れていた。清正は治水及び熊本城の防衛のために新たに河道を開削し、城下町の南端で合流するようにした。 しかし、1602年(慶長7年)に城下は洪水に見舞われたため、合流地点に石塘が築かれ、坪井川と白川を分流し高橋方面へ流れるように変更した。 これにより、坪井川は現在のような流路となり、有明海と城下町を結ぶ物流ルートとなった。
これから先100年、500年を見据えた計画
熊本城
加藤清正が中世城郭を取り込み改築した平山城で、加藤氏改易後は幕末まで熊本藩細川家の居城だった。明治時代 には西南戦争の戦場となった。西南戦争の直前に大小天守や御殿など本丸の建築群が焼失したが[3] 宇土櫓を始めとする櫓・城門・塀が現存し、13棟(櫓11棟、門1棟、塀1棟)が国の重要文化財に指定されている。また、城跡は「熊本城跡」として国の特別史跡に指定されている。







